Out To Lunch

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目には目を、歯には歯を

 マレーシアのイスラム教徒と暮らし始めて9年目になります。マレーシアといっても半島部ではなく、キリスト教徒(ムスリム)も少なくない東マレーシア(ボルネオ島)なので、同じイスラムでも半島部に比べれば戒律の縛りはキツくはありません。我が家のイスラム教徒(息子)は週に一度の金曜礼拝さえ忘れたりサボったり。なのでよく奥さんに叱られてます。

 そうはいってもイスラム教はイスラム教徒。夕方の礼拝時間になればTVは放送中の番組がはいきなり中断されてアザーン(礼拝への呼びかけ)が流されますし、それを聴くとヨチヨチ歩きの我が家の幼児も唇に指をあてて声をひそめます。

そうなんですけどねー、でも、ここのムスリムたちは実はアル・クラーン(コーラン)なんて読んでないのでは?と私は常々疑っているんです。

 だって、コーランには「清潔」さが大切だとハッキリ書かれているのに、彼等はあまり掃除をしません。お金持ちの豪邸ではさすがにそんなことはないでしょうが、メイドもいない一般家庭だと家具や照明器具が分厚いホコリで覆われているのは珍しいことではありません。呼吸器系に問題のある人が多いのは多分そのせいだと思います。日本人にはトイレも厳しいものですが、これも改善のスピードは遅々たるもの。

 掃除の問題に限らず、日本語訳のアル・クラーンを読んで思うのは、イスラムの聖典も、預言者ムハンマドの教えも全然守られていないな、ということ。

 「ムハンマドの復讐だ」などと言い、シャルリ・エブドを襲撃したイスラム過激派の人たちにも言いたいです。あなた、ムハンマドは復讐は良くないと言ったはずですよ。

 誰でも知っている、「目には目を、歯には歯を」の意味も、むしろ自分が受けた以上の報復を戒めるものではないかと思っています。”倍返し”なんて、絶対にダメ!!、ということ。
アル・クラーンにはこう書かれています。
「命には命、目には目、鼻には鼻、耳には耳、歯には歯、すべての傷害には同様の報復を」....これはアッラーの定めた法である、といった、そのすぐ後にこう続きます。「しかし、その報復を控えて許すなら、それは自分の罪の償いとなる。」

 ”地獄の劫火”なんて聞いただけで怖いと思っていましたが、一人の極悪人が、ある日喉の乾いた犬に水を与えたことで地獄行きが許されたというエピソードを知って心底ホッとしました。イスラム教では犬は不浄とされています。そんな犬に少しの水を与えただけで極悪人の地獄行きが許されるなんて...まさに目からウロコでした。アッラーって厳しいだけの神様じゃないんですね。というか、実は優しいんです。

 

 
 

 

 

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by kin_midori | 2015-01-26 14:55 | イスラム・宗教

シャルリ・エブドに関するその後の情報

 Newsweek日本語版WEBニュース(1月20日付)によれば、現時点でグーグルが30万ドルの寄付を申し出ており、英ガーディアン・メディアグループが15万ドルを寄付、そしてフランス政府は100万ユーロの支援を約束しているそうです。

 私の解釈によれば、グーグル、ガーディアン・メディアグループ、フランス政府は、目障りな対象を嘲笑、揶揄するメディアへの援助を表明したということになります。

 やだなぁー。

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by kin_midori | 2015-01-24 09:38 | 政治・社会

浜で拾った人形

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 25年ほど前に津屋崎の浜を散歩中みつけて持ち帰った人形です。ひどく汚れていましたが、バサバサの髪の毛はハサミで切り、マニキュアでピンクの靴を履かせ服も着せました。

 それから何度も越しましたが、ずっと彼女も一緒でした。昨年行った断捨離の際にも廃棄グループに入ることなく、共に新しい年を迎えた彼女の久々の衣装替えです。

 亡くなった母親のタンスにあったソックスと以前携帯のカバー用に編んだものを使ったので材料費はゼロ。

モノを捨ててスッキリしたいと本気で思っているのに、こんなものを捨てずにいる理由は自分でもわかりません。別にかわいいと思っているわけでもないのに、不思議ですね。

この人形で遊んでいた子(たぶん女の子でしょうね)はもうお母さんになっている可能性もありますね。どこかで笑っていてくれたらいいな、と思います。
 

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by kin_midori | 2015-01-18 10:00 | 日常 etc.

シャルリ・エブド/ムハンマドの風刺画

作家の高橋源一郎さんのTwitter(1月14日)からの受け売りです。

自分たちが批判し揶揄してきたはずの国や権力から熱烈な連帯のことばを贈られて、これからあの雑誌はどうするのだろう。まず風刺すべきなのは、デモで共に腕を組んでしまったイスラエルを筆頭とする国家の首脳じゃなかったんだろうか。


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本日付けの毎日新聞は、シャルリ・エブドが14日付最新号で掲載したイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を世界の主要紙が一面で掲載するなかニューヨークタイムスなど掲載を見送ったし主要紙があったことを伝えています。

ニューヨークタイムス・バケット編集主幹は声明で、「意図的に宗教的感情を害するものは通常、掲載していない。多くのイスラム教徒が、預言者の画像掲載を本質的に攻撃的と見なしている」と指摘した。米国務省のハーフ副報道官は13日の定例記者会見で、「シャルリー紙の(風刺画掲載の)権利を支持する。それが民主主義社会だ」と述べた。

毎日新聞は預言者ムハンマドの風刺画を掲載していない。2005〜06年にデンマーク紙などがムハンマドの風刺画を掲載し問題になった時も、イスラム社会では一般的に神も預言者も姿を描いてはならないとされていることに配慮し、掲載しなかった。小川一編集編成局長は「表現行為に対するテロは決して許されず、言論、表現の自由は最大限尊重されるべきだ。しかし、言論や表現は他者への敬意を忘れてはならない。絵画による預言者の描写を『冒とく』と捉えるイスラム教徒が世界に多数いる以上、風刺画の掲載については慎重な判断が求められる」と話す。


私はニューヨークタイムスや毎日新聞の見解を支持します。

30年ほど前、ニューヨークタイムス日曜版を購読していた私の楽しみは表紙の写真や風刺漫画でした。今も覚えている記事は皆無なのに、忘れられない写真や風刺画はあります。もの言わぬ写真一枚、漫画一枚が強烈な表現力を持っていたと思います。長い時間じっと見つめ、目を閉じたあと深く考え込んでしまうこともよくありました。

目を覆いたくなる、耳を塞ぎたくなる『表現』に囲まれながら、できるかぎりこれに耐えるよう勉めてはいるのですが、願わくば、皆さんもう少し声のボリュームを下げてくださいね。皆さんの自由は尊重したいです。


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by kin_midori | 2015-01-17 11:33 | 政治・社会

サバ州(ボルネオ島)のとある海辺の村にて


亡くなった人の死後40日目の行事に参加するためにこの村を訪れたのは、もうだいぶ前のことでした。昔の写真ですが久しぶりに見てみると、鮮明な記憶がたちまち蘇ります。

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道路の真ん中で横たわる山羊たち

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日陰で憩う牛

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ここはBajau Ubian(バジャウ・ウビアン)という海洋民族の末裔が暮らす小さな村。村の名前はカンポン・バル(”新しい村”の意味)。
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村では鶏の存在感もハンパないです


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近親者が交代で40日間死者に寄り添って過ごします。ここは村の裏山のような場所、でも集落からそのまま上ってこれる、本当に近い場所です
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40日間続けて来たお墓の見守りも今日で終わり。この後親戚知人等が集って会食をする、仏教の法事のような行事が行われました。イスラム教徒の彼等によれば、死後100日の弔い行事もあるとか。

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ここに棲んでいるサル。このサルはこの後同じ枝に腰をかけてじっと海のほうに目をやっていました。

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サルたちがいた木々はこの左手、もう少し海がよく見える位置にありました。下の集落はあまりにも近過ぎてここからはみえません。

あれから丸5年、カンポン・バルは変わったでしょうか。多分そんなに変わってはいないでしょう。

星空を見上げながら、潮騒を聞きながら歯を磨く。村ではフツーのことですが、実はこれ、私の大のお気に入りなんです。今は日本の古いマンション暮らし。風情がなさ過ぎてイヤなんですよねー。

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by kin_midori | 2015-01-15 16:33 | マレーシア・サバ

シャルリ・エブド誌襲撃事件と言論の自由

フランスのシャルリ・エブド誌が襲撃されて以来、テロへの怒りとフランスへの哀悼を表わすデモなどの動きが世界各国で広がっているといいます。

マイクを向けられたフランス人は、『言論の自由』への攻撃を嘆きながらも、これには絶対に屈しない、絶対に許さないと強い口調で語っていました。

彼等の深い悲しみと怒りが伝わってきます。世界中の反応もほぼ同じ。「言論や表現の自由」への襲撃には屈しない、屈してはならない、という声が聞こえる一方で、シャルリ・エブド誌の”表現”自体に関する意見がまったく聞こえて来ないことに違和感を覚えるのは私だけでしょうか?

シャルリ・エブド誌の"表現"は、”言論の自由”や”表現の自由”を重んじる表現者なら眉をひそめるタイプの、ほとんど”ヘイト・スピーチ”並みの酷いものだったと思います。イスラム教預言者ムハンマドに対する、事実を一切伴わない誹謗、中傷を繰り返し掲載し、攻撃を受けても「ひざまづくより立って死ぬ」とあくまでも威勢のいい発言を弱めることはありませんでした。エスプリも無ければ思慮も配慮も無い、そうした新聞が獲得できる読者はおおよそ見当がつきます。

だからこそ、もし『言論の自由』,『表現の自由』への攻撃を本当に悲しむなら、「言論」や『表現』そのものについての議論がないのはおかしいと思うのです。そうした声が聞こえてこないなかで、人々はただ「私はシャルリ」というプラカードを掲げて追悼と抗議のデモの列に加わっている....このことは何を物語っているのでしょうか。

さらに言えば、「言論の自由」など教えられることもないまま殺された子供たちが昨年2014年だけでもどれだけいたかと思わずにはいられません。「言論の自由」を守るべきものだと言える先進諸国は、大量の武器を輸出して世界を増々暴力的にしている張本人です。それで自分たちが攻撃されれば怒ったり、悲しんだりする。

国連安保理の常任理事国の五カ国(P5)は世界の武器輸出のビッグ5です。2014年もP5だけで世界の武器輸出総額の8割近くを占めました。

ロシア、アメリカ、中国、フランス、イギリス....P5はこの5カ国です。





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by kin_midori | 2015-01-12 11:33 | 政治・社会

新年に思う...『伝統』について、『日本』について

2015年ですかぁ.....

これまでもずっと、時の政権に期待をかけたことはなかったし、政治のことを考えると出るのはため息ばかりでしたけれど、安倍さんが二度目の政権をとってからというもの、自分が立っている土台を思いっきり揺すぶられるような、どこにつかまって踏ん張ればいいのか、そんな思いにとらわれています。なので、選挙で”大勝した”、”信任を得た” と本気で思っているらしい安倍さんとそのお仲間がこの先、これまでのやりたい放題をさらに加速させようとするのは間違いないでしょう。そんなことを思いながら迎えた新年ですから、これを言祝ぐ気分にはとてもりませんでした。それでも例年通りお雑煮はいただきました。『伝統』ですから。

伝統行事が目白押しの年末年始、格式ばったことは何もできませんが、それでも暮れにはチョット気合いを入れて掃除もしましたし、年賀状も少し書きました。おいしい黒豆をつまみながら『伝統』について考えたりもしたわけです。

とはいえ....国が『伝統』とか『文化』とか言うのはマに受けない方がいい。昔からそう感じてきましたが、2013年の暮れ、網野善彦さんの『日本論の視座ー列島の社会と国家』を読んで驚いたことがずっと頭から離れないでいます。

特に驚いたのがこの部分。

〜〜例えば、昭和天皇の代替わりに当たって、天皇の葬儀が世の注目を浴び、種々の論議の末、鳥居を建てた神式、巨大な墳丘への土葬などが『伝統的』方式とされ、これが結局実行に移されたことは、その適例であろう。すでにフランソワ・マセも言及しているように、この『前例』は明治天皇以前に遡るものではなく、聖武以来、孝明まで一貫して仏式、持統から江戸初期まで2、3の例外を除いて火葬、後光明以来、表向きは火葬で実際は土葬、葬所は仏式採用後は適当な寺院の近傍、後光厳以後、後花園のみを例外として葬儀はすべて泉涌(せんにゅう)寺、墳丘をつくらぬ薄葬も持統以来のことで、淳和(じゅんな)にいたっては火葬に付した遺骨を粉砕して散布させたなど、天皇の葬儀にまつわる歴史的事実は、多くの人々に知られることのないまま、『伝統的』という言葉がまかり通ったのである。〜〜(「日本論の視座ー列島の社会と国家」2004年・小学館/序章より)

『日本』に生まれ、『日本』で育ち、教育を受けてきた私たち。それなのに『日本』のことは正しく教えられていない。今そのことを強く感じています。
私の家の近くには弥生時代の遺跡がありますが、市の案内に『弥生時代の日本人』云々と書かれていても別段おかしいとも感じることもなく過ごしてきたものです。でも網野善彦さんの言われるように、『日本』という国号が用いられる以前には当然ながら『日本人』はいないわけで、『天皇』という称号も『日本』が正式に用いられるようになったのと同じ頃のことのようです。とすれば2月11日の建国記念日は戦前の紀元節(1872年、明治5年制定)、つまり神武天皇の即位の日というまったく架空の日がそのまま『建国記念の日』と定められた、ということになります。

1966年、この日が祝日法の改正によって国民の祝日と定められたその趣旨は『建国をしのび、国を愛する心を養う』ということ。でも建国といってもそれは”神話”に過ぎないわけで、民主主義国家が神話でしのぶ『建国』って何?って思います。

戦争を始めた戦前の思想、発想が『国を愛する心を養う』というロジックで戦後70年間にわたって、そうした戦前の思想,発想に徐々に国民を馴らし、抵抗感を薄れさせてきたとは言えないでしょうか。
1999年、日の丸が国旗に・君が代が国歌と定められたのも大きいですね。当時の小渕恵三首相は『国旗・国歌の指導は国民として必要な基本的、基礎的な内容を身につけることを目的として行われる』ものだと言っています。
では国民として必要な基本的、基礎的な内容とはどのようなものなのでしょう?

別の本で網野善彦さんが書いていることを見てみましょう。
〜〜文部省が日本国にとって決定的な意味を持つ国号の確定の事実とその時期を国民に教えようとしないのかについて、それを明らかにすることは『建国記念の日』の虚偽を明確にする結果になるのを恐れて、意識的に隠蔽していると見ることも出来る。またこの国号が支配者によって定められたことを明らかにすると、将来、人の力によって,国民の意志でこれを変えることもできるという点が明瞭になるのを嫌ったと考えることもできよう。とするとこれはきわめて意図的で悪質ということになるが、実際は文部省の当局者自身、『日本』という国号があたかも天から降って来たように、古くからいつのまにかきまっているという曖昧模糊たる認識にいまも実際に留まっているのではないかと思われる。
 その結果、現代日本人のほとんどが自らの国の名前が、いつ、いかなる意味できまったのかを知らないという、世界の諸国民の中でもきわめて珍妙な事態が現在も続いていることは間違いない~~(講談社、2000年10月発行、『日本の歴史』第一回配本「『日本』とは何か」2:「日本人の自己認識ーその現状」より)

確かにそのとおりですね。私たちが教えられず、考えもせずにきてしまった...その結果が今日生じている様々な問題と直接繋がっている、そう思われてなりません。

上の2冊を読んで、最晩年の網野善彦さんの、まるで魂から絞り出されたお声を聴いているような気持ちになりました。歴史家としてこれだけは言い残しておかなければならないという、切実な思いが痛いほど伝わってきます。

明日からはもう普段通り。とんでもない矢が飛んでこないように祈るばかりです。





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by kin_midori | 2015-01-04 17:29 | 歴史・伝統・文化 etc



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